土壌物理学会とは

学会長挨拶:

学会長

登尾 浩助

明治大学農学部
土地資源学研究室

会員に有用な学会誌になるために

 本学会の前身である土壌物理研究会が発会した1958年から数えて65年目に第32代会長に就任しました。取出伸夫前会長と前事務局の皆様のご尽力により、学会誌のオープンアクセス記事掲載に向けた整備と会費の適正利用への道筋が付きました。今年はオープンアクセス記事掲載化を完了して、会員の皆様方の研究成果の発表と意見交換の場としての学会誌の充実を図りたいと考えています。

 図1に正会員数の変遷を示します。2002年以前の会員数は長谷川(2003)から引用し、1959年の会員数は会費と会費納入額から推定しました。会員数の減少が止まらないことは長年の懸案です。1983年以降、年と共にほぼ線形的な減少が続いていることが分かります。会員減少の原因は様々考えられますが、何と言っても丸山(2022)が指摘した「会員が減少するのは残念ながら会員になるメリットが少ないという点は認めなければならない」が全く正論だと認めざるを得ません。さらに彼は「土壌物理学会は、実際に社会の問題に常に向き合っているだろうか」と問いかけ、改善を提案しています。 土壌物理学会会則第2条には、「農業技術及び環境科学の発展に貢献することを目的とする」と書いてあり、さらに当学会の前身である土壌物理研究会の規約第2条でも「農業技術への貢献を図ることを目的とする」と謳っています。そもそも農業技術の発展のための研究が根底にあるべき学会であることを再認識したいと思います。

入会/振込先

 実際の社会問題から乖離したこところでの研究に主眼が置かれているのではないかという疑念は、会員の所属を見ても窺い知ることができます。土壌物理研究会設立当時は、県の試験場所属の会員が多く存在していましたが、現在はどうでしょうか。会員名簿を見るとほとんどが大学と国の研究機関所属の研究者になっています。設立当時のように県や企業に所属する研究者・技術者にとっての学会員となるメリットを明確にする必要があります。

 学会員であることのメリットの一つに研究成果発表の場としての学会誌が挙げられるでしょう。ところが、岩田(2022)が指摘しているように、「Open Access をはじめ、 土壌物理の論文を投稿できる雑誌が海外でも増え、ハゲタカジャーナルではなくても土壌の物理性よりも査読の基準が緩い英文誌も出てきた」現実があります。 論文一報を書くために要する時間と労力はどの学術誌に投稿してもほぼ同じであることを考えると、会員の所属機関内でより評価が高い海外の学術誌に投稿するのは自然の流れだと思います。

 では、このような流れを変えるためには何が求められるでしょうか。野外実験をしていると統計的に有意なデータを得ることは困難な場合が多いでしょう。しかし、このようなデータも学術的価値を有してると考えられますので、上位の学術誌では受け入れられないようなデータを使った研究に対しても積極的に投稿を推奨して、投稿数を増やし、出版する必要があると思います。既に似たような取り組みは、アメリカ農学会・作物科学会・土壌科学会がAgrosystems, Geosciences & Environment (AGE)誌を2018年から発行して実践しています。このような取り組みは、現場で様々な事象に出くわしている県や民間の研究者・技術者に対して、彼らが直面した事象を土壌の物理性へ投稿する際の敷居を低くすることにも繋がるはずです。さらに、卒業研究や修士研究の成果を学生が筆頭著者として投稿できるような雰囲気を土壌の物理性に作れるとなお素晴らしいと思います。

 数年前に参加したアメリカ土壌科学会年次大会において、日本の小学校の生活科で使われている泥団子が展示されていました。土壌に関する優れた初等教育として紹介されていましたが、小学校低学年で親しんだ泥(土壌)がその後の教育では切り離されてしまっているのが実情ではないでしょうか。小中・高等学校の理科や生活科を担当する先生方にも土壌物理学を通しての初等中等教育の実情を投稿してもらい、それに対して大学や研究機関の研究者・技術者がさらにアイデアを盛り込んだ研究に昇華させる取り組みがあっても良いのではないでしょうか。この取り組みは、現場で起こった繰り返し実験が無い現象を投稿した場合も同様に、他の研究者・技術者が理論を含めた研究に昇華させることに繋がるのではないかと期待します。

 様々な現象や取り組みが学会誌に論文として掲載されることによって、解析的な研究が得意な研究者・技術者にとっては研究題材を容易に得られるのではないかと考えます。一方、実験的な研究が得意な研究者・技術者にとっても研究の幅を広げるアイデアを得られる良い機会になると考えます。いずれにしても、雑多で多種多様な実験・研究成果が積極的に投稿される学会誌となり、世に役立つ研究も役立たない研究も等しく推し進めることによって、我々人類の知的地平線は確実に広がる方向に向かうと考えられます。今日の役立たない研究は、明日の役立つ研究の礎になるかもしれません。

 2023年に農業部門でウルフ賞を受賞した土壌物理学者であるvan Genuchten の業績には、彼が1980年に発表した水分特性曲線式(VGモデル)が紹介されています(取出, 2023)。当時プリンストン大学でポスドクをしていたvan Genuchtenが内部報告書にのみ記載して終わるつもりのこの式は、学術論文として出版すべきだとアーバン大学のJacob Daneから勧められた為に世に出たと述懐しています(van Genuchten, 2022; 取出, 2023)。最初は役立たない研究が、やがて大きく実を結んだ一例でしょう。

 もう一つ、役に立たない研究の例を紹介します。土壌の物理性150号特集の中で登尾(2022)は、現在サーモTDRプローブとして知られているプローブの開発過程を解説しています。この解説の中で彼は、「土壌の熱的性質の体積含水率依存データを一本の3 線式TDRプローブで測定できたら良いな...程度の動機であったので、この多目的TDRプローブが持つ潜在能力に思いが至るはずもなかった」と白状しています。単なる好奇心から始めた研究成果が、一旦論文として世に出るとどのような運命を辿るか恐らく誰にも予測できないのではないでしょうか。多くの論文は大多数の論文の山の中に埋もれてしまって、人々から忘れ去られる運命にあります。一方で偶然に誰か別の研究者や技術者の目に留まって、その後大きく開花する論文が存在することもまた読者の皆さんが実感されていることでしょう。

 では、役に立ちそうにない研究を土壌の物理性に投稿することは、当学会の目的である「農業技術及び環境科学の発展に貢献すること」に反する行為でしょうか。答えは、「否」です。前述のように当初は役に立たないと思われていた研究が、その後大きく実を結んだ例は枚挙にいとまがありません。むしろ失敗例も含む多種多様な実験・研究結果や観察・観測結果を土壌の物理性に論文や資料などとして掲載することで思わぬ相乗効果が生まれる可能性があると言えます。土壌の物理性に掲載される論文にも多様性が必要だと思います。

 投稿の際に大切なことは、できるだけ英文で投稿することです。Sakuratani (1981)は、後にステムフローゲージとして米国で商品化された画期的な蒸散量直接測定法を農業気象学会誌に英文で発表しました。当時の農業気象学会誌のほとんどは日本語による論文でした。彼は九州農試に転勤が決まったのでこれ以上の研究継続は困難だろうと考えて、自分が開発した測定法を英文で出版することで世界のどこかの誰かに研究の継続を託す思いだったとのことです。彼の論文は、当時テキサスA&M大学の大学院生だった日本人留学生によって彼の指導教授であったvan Bavelに紹介され、その後大きな進展を遂げることになりました。

 前々事務局(足立泰久会長)と前事務局(取出伸夫会長)の努力のおかげで土壌の物理性はJ-STAGEを通してインターネットで検索・閲覧可能になっています。世界中の研究者・技術者・大学院生の目に触れる機会が増えたので、Sakuratani(1981)の時代に比較して視認性が格段に上がっています。少なくとも要旨と図表は英語で記載すると、例えば、Research Gateなどの研究紹介サイトにアップロードしておくと海外からのアクセスが容易なので、認知度が上がります。DeepLのような翻訳ソフトとGrammarlyのような文法修正ソフトの登場によって、ネイティブスピーカーに直してもらえる程度の英語論文を比較的簡単に書くことができる時代になっています。今後、土壌の物理性にオープンアクセス記事が掲載されるとその論文の認知度は間違いなく向上すると考えます。

 多くの会員に投稿してもらえる学会誌になるためには、インパクトファクター(IF)の獲得が必須のように感じます。IF=他の学術雑誌での引用回数/土壌の物理性への掲載論文数で計算されますので、先ずは毎年ある一定数以上の掲載論文の確保が大前提となります。さらにIFの計算は、文献データベースの一つであるWeb of Scienceに取り上げられた学術誌のみを対象にしていますので、このデータベースに取り上げられることが求められます。

 IFが無い理由で土壌の物理性に投稿しなければ、いつまで経ってもIFを獲得することができません。投稿者への迅速(例えば、1週間以内)な査読結果の返信と格安なオープンアクセス料金をもってすれば、投稿者を国内ばかりでなく海外へも求めることが可能となるでしょう。当初は呼び水として著名な海外の研究者に投稿をお願いすることから始める必要があるかもしれません。宮本輝仁前編集委員長が海外の超有名土壌物理学者にエッセイの投稿を依頼した150号に倣って、引用回数が多くなる(ミニ)レビュー論文の投稿を海外の有名どころに依頼するなどの努力が必要だと感じます。

 土壌の物理性が会員の皆様にとって利用しやすい学術誌になるよう事務局一同が一層の努力をしますので、引き続きお力をお貸しください。特に、学部学生や大学院生にとって最初の論文の投稿先として土壌の物理性を選んでいただけるよう、"Your fist publication with us!"を合言葉にして前進したいと思います。

歴史:

 土壌物理学会は、土壌物理に関する研究の進歩と普及を図り、農業技術及び環境科学の発展に貢献することを目的として、1958年に土壌物理研究会として発足しました。会員数は約300名と小さな学会ですが、60年の歴史を持っています。1985年に更なる発展を目指して、土壌物理学会と改称し、今日に至っています。
第31期  第30期  第29期  第28期  第27期  第26期

活動:

 会員の最新の研究成果を発表する場として、学会誌「土壌の物理性」を、1997年までは毎年2号、それ以降は毎年3号、刊行しています。2023年7月3日現在で153号までになりました。本誌には約半世紀にわたり、我が国の農業そして海外の研究動向を反映した研究成果が収録されています。先人の研究には多くの貴重なヒントがあります。これを広く普及し、研究の進展・深化に寄与することも学会の大切な役割であると考え、150号までの記事を土壌物理学会ホームページに無料で公開しています。150号には「みんなのミニレビュー」と称して学会員の多様な研究テーマを掲載しています。
学会では、会誌の発行の他に、毎年1回シンポジウムとポスター発表を行っています。シンポジウムのテーマは会員にとって有益だと考えられる最近の主要な研究トピックから選び、講師には会員、非会員を問わず適任者を選んでいます。また、シンポジウムに参加できなかった会員のために、会誌でシンポジウムの報告記事を掲載しています。

 シンポジウムと同時に、ポスター発表も行っています。情熱に燃える院生から完成の域に達した研究者まで多くの方が発表していますが、特に若い研究者には、発表をする、自分の身近な組織外の専門家の意見を直接聞くことができる絶好の機会となっています。

 また、学会誌「土壌の物理性」に掲載された原著論文の中から特に優秀な論文に土壌物理学会賞(論文賞)を授与しています。さらに、年一回の全国大会ポスターセッションにおいて優秀と認められたポスター発表には土壌物理学会学会賞(ポスター賞)を授与しています。

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